2024年12月から構想を練り始め、ようやく2025年7月22日に完成した《大平野絵巻》。昨日、最後のピースとなる2曲の初音出しを終え、長らく背負い続けてきた「作曲家」の十字架から、少しだけ解放された思いだった。

「作曲をする」ということは、私にとってまったくの門外。とても「作曲家」を名乗れるようなものではない。とはいえ、「作曲した」という事実は変わらず、そこには大きな「責任」が生じる。決して「素人だから少々の間違いは大目に見て」といった甘えは許されないと考えている。

ただ正直に言えば、「和声」や「対位法」など、作曲に必要な知識はまともに学んできていない。まるでルールを知らずに野球をしているようなもので、たまたまバットにボールが当たっても、三塁へ走ってしまうような有様。専門家から見れば、「おいおい、どこ走っとんねん!」と、叱られて当然のレベルだろう。

それでも——

これまで指揮活動を通して出会ってきた素晴らしい作曲家たちから、「響きの法則」「美しいメロディの法則」「カッコいいコードの法則」など、思いつくものを片っ端からかき集め、自分なりのメロディ・和音・リズムを絞り出した。

思い返せば——

十代の頃、リコーダー二重奏の曲をいくつか書いた記憶がある。姉が持っていたファゴットの楽譜の中に、半拍ズレで演奏するカノンがあり、それをリコーダーで吹いて遊んでいた。まるで精密なパズルのようで、わずか半拍ずれるだけなのに見事に響いていた。その美しさに衝撃を受け、「自分でもこんな作品を創りたい!」と思い立ち、参考にしながらリコーダー二重奏の曲を書いた。今も楽譜はどこかに残っているはず。ソルフェージュの先生にそのカノンを見てもらったところ、「お前、これ分かって書いてんのか?」と一蹴されたのを覚えている。

つまり、たまたまバットを振ったらボールが当たり、たまたま走り出した方向が一塁側で、たまたまホームランになったようなもの。狙って打ったわけでもなく、作曲法というルールを知っていたわけでもない。

ただ、参考楽譜があったからこそ、そこから「法則」のようなものを自然と導き出していたのだと思う。理論を知らずに作曲するというのは、ルールを知らずに野球をすること。でも、それでも作曲の楽しさを知るには十分な経験だった。

初めて曲を書いたのはいつだったか……。思い当たるのは——

1985年、中学3年の頃。

友人と2人で、守口市民会館まで「課題曲講習会」を聴きに行った。なぜか会場で五線紙を広げ、その場で2人で作曲を始めた。妙ちくりんなトランペットとホルンの二重奏曲。2人で作ったので、作曲者名は「柳村耕貴」(笑)。とても曲と呼べる代物ではなかったが、自分にとっては「作品番号1」……だったと思う。

2018年、宮城県石巻市の桃生中学校のために《桃生に伝わる舞・はねこ幻想》を作曲した。とはいえ「はねこ踊り」のお囃子をそのまま吹奏楽に編曲したような作品。お囃子との共演を前提にしていたため、転調もせず原調のまま。今にして思えば、もっと工夫の余地があったかもしれない。でも、地元の子どもたちに「我が町の大切なお囃子を、もっと身近に感じてもらいたい」「吹奏楽で演奏してほしい」——そんな強い思いから書いた作品であり、今でもとても大切な一曲だ。

2021年、コロナ禍において「オペラを書いてみたい」という想いが湧き、《雪の夜ばなし》を作曲。コロナで仕事が激減したのをきっかけに、長年の夢だったオペラ作曲に挑戦した。その中で書いた《間奏曲》は、様々な場面で演奏の機会に恵まれた。特に、チェコの弦楽オーケストラ「プラガ・カメラータ」で演奏していただけたことは、本当に夢のようだった。いつの日か、このオペラの初演を実現させたいと願っている。

そして——
今回の《大平野絵巻》。

万博会場という、世界に向けて発信される舞台での演奏。まさに「全身全霊」を注ぎ、寝食を忘れて作曲に没頭した。

とはいえ、今回も平野区にある「音風景」をもとに作ったもの。冒頭のファンファーレは、杭全神社で行われる御田植神事でシテ(歌い手)が歌う一節を、河内音頭はそのものを、だんじり囃子はできる限り忠実に再現した。

確かに今回も「編曲」の域にあるかもしれないが、《はねこ幻想》とは異なり、原曲からイメージをふくらませ、自分の音楽として展開することができたように思う。

相変わらず、作曲には指揮者としての過去の経験値や、尊敬する作曲家たちの譜面から得たヒントがベースとなっている。まだまだ「理論」を理解して書くレベルには至っていない。

それでも——

《はねこ幻想》と同様、平野区への想いをパンパンに詰め込んで作曲したこの《大平野絵巻》は、「自分の作品だ」と、恥じることなく言い切れるほどの想いを込めた。

この7ヶ月間、平野を想い、そして何よりも、平野マスターズ吹奏楽団のことを想いながら書き上げた《大平野絵巻》。

世界中の人々の心に届くと、信じて。